東京高等裁判所 昭和40年(行コ)32号 判決 1966年10月07日
控訴人 森本一男
被控訴人 静岡地方法務局清水出張所供託官
代理人 島村芳見 外一名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事 実<省略>
理由
一、控訴人が宅地建物取引業を営む者であり、昭和三七年二月二四日宅地建物取引業法第一二条の二所定の営業保証金として別紙表示の供託物を静岡地方法務局清水出張所に供託したこと、訴外堀場祐が控訴人に対して同法第一二条の四第一項に基く債権を有するものとして右供託物の還付請求をし、被控訴人が控訴人に対して供託規則第三〇条第一項に基く異議申立書の提出通知をしたので、控訴人が昭和三九年五月一三日付で異議の申立をしたこと、被控訴人が昭和三九年五月二一日付で右異議申立の却下決定(以下、本件却下決定という。)をし、控訴人から静岡地方法務局長に対して審査の請求がなされたが、同年一〇月一七日付で請求棄却の裁決がなされ、ついで被控訴人が堀場に対して右供託物の還付処分(以下、本件還付処分という。)をしたことは、当事者間に争いがない。
二、そこで、本件却下決定及び還付処分の適否につき判断するに、宅地建物取引業法第一二条の四第二項宅地建物取引業者営業保証金規則(昭和三二年七月二二日公布法務、建設省令第一号)第一条によれば、宅地建物取引業法第一二条の四第一項の権利の実行のための供託物還付請求については供託規則の定めるところによるから、供託物の還付を受けようとする者は、供託規則第二二条所定の供託物払渡請求書に同規則第二四条に従い、供託書正本又は供託所の発送した供託通知書(第一号)、還付を受ける権利を有することを証する書面(第二号)、反対給付に係るときは、供託法第一〇条の規定による証明書類(第三号)を添付して提出しなければならないものとされ、同規則第三〇条によれば、供託物払渡請求者が右添付書類を提出することができないときは、供託官吏は、利害関係人に対して一定期間内に理由を記載した異議申立書を提出すべき旨を通知し、その期間の経過後供託物の払渡の手続をなすべきものと定められているところ、本件においては右堀場において供託書又は供託通知書を添付することができなかつたため利害関係人たる控訴人に対し異議申立書の提出方を通知したものであることは成立に争いない甲第一号証の記載により明らかである。
しかして、供託物の還付又は取戻による払渡をなすにあたり供託官吏は、その提出された書面によつて法定の形式上、実体上の一切の要件の存否を審査して、その払渡をすべきか否を決すべきものであるが、とくにその払渡を請求する者の権利の存否すなわち実体上の要件については供託物払渡請求書の記載及びこれを証する書面その他の添付書類また供託規則第三〇条に基く異議のあるときはその異議申立書等の書類を通じてこれを審査し、供託物払渡請求者が実体上当該供託物の払渡を求めうべき権利を有することを認めることができ、従つてまた払渡請求を妨げるべき事由の存することが認められない場合には、当然に供託物の払渡を受けようとする者に対し供託物払渡処分をなすべき義務があり、その反面これらの書類自体によつて払渡請求権の存在が認められず、又は右請求を妨げるべき事由の存在が認められるときは右払渡処分をすべきでないことは明らかである。そして、それ以上に進んで実体的権利の存在並びに帰属につき供託者若しくは被供託者に裁判上の証明と同様の証明を課し、請求の基礎となる実質的法律関係の存否を供託官吏に判定せしめることは、供託事務を行政機関たる供託所(法務局、地方法務局またはその支局若しくは出張所)の管掌に委ね、簡易迅速に権利者の保護をはかろうとする供託制度の期待しないところである。それ以上の実質的権利関係の確定は、当事者間の関係としてこれを別途に決定せしめれば足りるものと解する。このことは、右供託官吏の処分に対する不服の訴において裁判所が右処分の当否を判断するについても同様である。かような意味では供託官吏は、形式的な審査権限を有するにとどまるということができる。
本件についてこれをみるに、堀場が被控訴人に対し提出した供託物払渡請求書及びその添付書類であることが明らかである成立に争いのない乙第一号証、同第二号証の一ないし三よれば、控訴人が宅地建物取引業者であり、堀場は控訴人との間に昭和三六年二月二三日付で本件土地につきこれを代金五〇万四、〇〇〇円で買い受ける旨売買契約を締結し、すでに手附及び内金として合計金二五万円を支払つたが、これにつき両者の間に紛争を生じ、結局右売買を合意解除の上控訴人は堀場に対し金五〇万円を返還することとしたこと、これにつき両者の間には清水簡易裁判所昭和三八年(ノ)第一九号として同年一〇月一四日調停が成立し、右調停調書の存することが認められる。右事実によれば、堀場は宅地建物取引業者たる控訴人に対しその取引により生じた債権を有し、宅地建物取引業法第一二条の四により本件供託にかかる営業保証金について弁済を受ける権利すなわち本件供託物の還付請求権を有するものというべきことは明らかである。もつとも控訴人提出の異議申立書(成立に争いのない甲第二号証)には堀場に対する支払は金五〇万円の手形金支払の債務として残存するもので宅地建物取引によるものではないとの趣旨の記載があるところ、右の趣旨が堀場の有する右債権は控訴人の手形の振出によつて更改により消滅したというにあるものとしても、前記本件請求の添付書類たる乙第二号証の一ないし三の記載によれば、控訴人が本件売買契約の合意解除にさいしさきに振出した手形債務は、当事者間に成立した右調停の結果堀場から債務免除を受けたのであり、仮りに控訴人が前記調停条項による金額を額面とする約束手形を堀場にあて振出したとしても反対の事情の認めるべきもののない本件においては右手形は右取引による債務の支払確保のためにするものと認めるべきであるから、なんら堀場の前記債権に消長を来たすべき事由ではなく、供託官が審査にあたりこれを無視するのは当然である。また、成立に争いのない甲第四号証によれば、控訴人からの審査請求に対する裁決にさいしては、控訴人は右事由のほか、さらにこれに附加して本件土地が農地であるから宅地建物取引業法の適用がないと主張していることがうかがわれるが、宅地建物取引業法の目的が宅地建物取引業者の業務の適正をはかり、宅地建物の利用を促進することにあることに徴すれば、同法第二条第一号にいう宅地とは、現に建物の敷地に供せられている土地のみならず、広く建物の敷地に供する目的で取引の対象とされた土地を指し、その地目、現況のいかんを問わないと解すべきである。従つて、本件土地が売買当時農地であつたという点は、宅地建物取引業法の適用を妨げるべき事由となすに足りない。
なお、控訴人は、本件土地が道路位置の指定を受けたから宅地建物取引業法の適用がなく、被控訴人がこれを看過したのは違法であると主張するが、前記払渡請求書添付書類(乙第二号証の一ないし三)及び異議申立書(甲第二号証)によつてもこれをうかがうことができないから、その事実の存否はともかくとして、前記説示のように被控訴人がこの点を顧慮しなかつたのは当然というべきのみならず、右乙第二号証の一と全趣旨に徴すれば、右道路位置指定は本件売買後に属するものであつて、かかる売買契約締結後における、取引の対象たる土地の現況、用途の変動は、宅地建物取引業法の適用を左右すべき事由とはならないから右主張も採用することができない。
三、そうすると、被控訴人が堀場に本件供託物還付請求権があり、控訴人にこれを妨げるべき事情がないとしてした本件却下決定並びに本件還付処分はいずれも適法であり、控訴人の全立証によつても右決定及び処分が違法であつたことを認めしめるに足りない。従つて、これが取消を求める控訴人の本訴請求は理由がないから、これを棄却すべきであり、これと同趣旨の原判決は結局相当であつて、本件控訴は理由がない。よつて、民事訴訟法第三八条第二項により本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 浅沼武 間中彦次 柏原允)
供託物の表示(省略)